実業団トライアスリートとしての5年間の経験から得たもの、まだ自分の中で消化し切れていない部分のほうが多いので、うまく言えませんが、自分なりにここ1〜2年に考えたことを書いてみたいと思います。ちょっと大げさな話になりますが、日本の社会とスポーツの関わりについて。
日本のスポーツは学校教育の一環として始まります。中には、スイミングスクールやサッカー教室など、地域のスポーツクラブに所属する機会に恵まれる子供たちもいますが、中学・高校の課外活動が大部分の生徒にとっては、初めて本格的にスポーツに接する機会となります。そこでの経験が社会一般の人たちのスポーツに対する取り組み方、接し方のベースになるのです。
一般的に、中学・高校の課外活動では、そのスポーツを経験したことのある顧問の先生が指導される場合は少数で、大抵は未経験の場合が多いです。専門的な指導を受けるためには、一部の私立や有名校に進む必要があります。すべてがそうだとは言いませんが、そのような学校の中には、行き過ぎた勝利至上主義で、若くして燃え尽きてしまうということもあるようです。また、成長期には、いろいろなスポーツを経験することが大切ですが、複数のクラブに所属する子供は稀で、一つのクラブに縛られることになります。なぜ、一つに限る必要があるのか?そして、受験が近づくと、それまで打ち込んできたクラブ活動は断絶させれられるように終わります。
自分は中学時代水泳部に所属していましたが、3年生の時、受験を前に引退した選手をクラブを越えて集め、いろいろな障害を乗り越え、市内の駅伝大会に参加した思い出があり、そのときの経験が今も生きています。
そして、高校・大学卒業後、スポーツを続けたいと思っても、実業団に入るような一部のトップ選手を除き、そのようなスポーツ愛好者を受け入れる場所というのはまだまだ多くはありません。多くの人は、就職することによって、自然とスポーツから離れていきます。すべてがそうだとは言いませんが、スポーツをするのは、学生時代まで、というような世間一般の風潮があるのは事実だと思います。
日本独自のシステムとして発達し、現在までスポーツ界のトップを支えてきた実業団も、企業の宣伝・広告がその第一義であるため、企業に余力のある時期は良いのですが、経営が不振になるとまっさきに経費削減の対象として成績に関わらず、休部・廃部・優遇措置の撤廃となります。他クラブのそういった情勢を見ていれば、明日は我が身かと、常に不安を持ち続けプレーしなければいけない選手たち。スポーツを文化として地域に根付かせるには、あまりに脆弱なものです。
「スポーツとはもっと自由で、身近なものなのでは?」
自分がそう感じるようになったのは、海外での合宿の経験からです。