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トライアスリート竹内鉄平公式サイト。 トライアスロンについての役立つ情報を提供。 メルマガ「強くなる!トライアスロンのコツ」発行。 |
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鉄平NEWS
| ◆ 2004年 12月30日 「MSA-TC泳ぎ収め会」 |
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今日はなんといっても、MSA−TCの泳ぎ収め会。非常にたくさんの方に参加していただき、楽しく練習することができました。さすがに練習不足の上、100m×100本は久々の挑戦だったので、30本過ぎからすでにきつくなってきましたが、腕が千切れそうになりながらも、なんとかもちこたえ、100本無事完泳することができました。でも終わってみれば、「超きもちいい〜!」でした。気が早いですが、また来年末もぜひ行いたいと思います。次のイベントは新年明けて1月5日初詣ランニング練習会です。
午後からはプールの大掃除。そして夜は、神奈川に活動拠点を移される中込英夫さんの送別会に出席しました。
←愛知での活動、お疲れ様でした!
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| ◆ 2004年 12月29日 「久々スイム」 |
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まだ完全ではありませんが、ようやく体調が戻ってきました。そして、今日は2週間ぶりにスイムトレーニングを行いました!明日は三好SAトライアスロン倶楽部の泳ぎ収め会(100m×100本)があるので、ちょっとは泳いでおかないと・・・と思い、5000mほど泳ぎました。すると案の定、どっと疲労がでました。明日は今日の2倍の10000m。大丈夫かなぁ〜? でもこれで、新しい年を迎えるにあたって、汗とともに、いろいろなもの(?)ををすべて出し尽くせそうです。当日参加もOKですので、ぜひ皆さんも泳いで、泳いで、泳ぎまくって、綺麗な身体で新年を迎えましょう! 年賀状・・・・あと少し・・・。 |
| ◆ 2004年 12月26日 「桜肉」 |
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妻の実家(盛岡)から、馬肉が届きました。青森五戸の老舗「尾形」の桜肉です。僕も妻も好物なので、毎年送ってもらっています。馬肉には鉄分やグリコーゲン・必須アミノ酸が非常に豊富に含まれており、牛肉に比べ、非常に低脂肪・低カロリー。アスリートにはもってこいの食材です。これで、体調も回復間違いなし!感謝、感激、感動です!
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| ◆ 2004年 12月25日 「体調悪し」 |
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今年も残りあとわずかとなりました。2週間ぐらい前に引いた風邪をこじらしてしまい、いまだに治りません。。。もちろん年賀状もこれからです。。。かなりブルーです。。。 12/30(木)に三好スイミングアカデミーにてスイムの泳ぎ収め会があります。3時間で100mを泳げるだけ泳ぎます。どなたでも自由に参加できますので、興味のある方はぜひご参加ください。 詳細は下記を参照してください。 MSA-TC
年忘れマラソンスイム練習会(100m×100本!)のお知らせ |
| ◆ 2004年 12月23日 「MSA-TCマスターズセッションリニューアル」 |
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05年1月より、三好SAトライアスロン倶楽部の成人コースが「MSA-TCマスターズセッション」としてリニューアルします。それにともない私、竹内鉄平がマスターズセッションの専任コーチに就任することが決まりました。自分が三好スイミングアカデミーにお世話になるようになって、早6年近くが経ちました。実業団時代、当初は朝練ができる環境をということで、現トライアスロン倶楽部総監督の豊島氏にお願いし、毎日朝5時半にプールを開け頂いておりました(ちなみに豊島氏は豊川在住のため、4時半起き!)。その他、言葉では表しきれないご恩があります。 2年前から三好トライアスロン倶楽部が発足し、トライアスロンというこれからのスポーツをもっともっと、世間に広めていきたいという志をもった仲間たちが自然と集まってくるようになりました。現在では、ジュニアの育成から、エイジグルーパー、エリート選手のトレーニングの場として、また情報交換の場として、中部地区のトライアスロン基地として大きな役割を果たしています。今後は更に、もっともっと多くの方に愛されるクラブ作りを進めていきたいと思います。理想としては、誰でも好きなときに年齢・性別・国籍を問わず、自分のスタイルで参加できる欧 米型のクラブチームを目指します。
もちろん、競技者としての活動も続けてまいります。肩書きはプレイングコーチ(選手兼コーチ)です。自分自身発展途上ではありますが、自分の培ってきた経験・ノウハウを皆さんに少しでもお伝えし、いつまでも学ぶ気持ちを忘れずに、皆さんと一緒に成長していければと思います。今後とも応援よろしくお願いします!
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| ◆ 2004年 12月20日 「パソコン検定3級合格!」 |
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今日はパソコン検定3級の資格試験を受けてきました。結果は見事合格♪でした。パソコンはまったく素人でしたが、ホームページを始めたことがきっかけで、少しづつ興味を持つようになってきました。今現在は、週2回ウェブデザイナーの学校にも通っています。このホームページも少しづつリニューアルしていきたいと思います。トップページのバナーなんかも作ってみたりして・・・。
ちなみに妻のほうは、この間、リフレクソロジーのスクールを修了しました。自分も最近施術してもらっていますが、これがかなり良いのです。10分で熟睡してしまいます。リフレクソロジーは今まで受けたことがなかったのですが、こんなに効くものだとは思いませんでした。 |
| ◆ 2004年 12月19日 「MSA-TCサンデートライアスロンセミナー」 |
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←三好公園でのランセッション
昨日は、豊川市の商工会議所で開かれたアイレクススポーツフォーラム2004「我が人生のトライアスロン」という谷新吾選手の講演会に出席してきました。アイアンマンハワイ4年連続日本人トップは伊達ではありません。非常にわかりやすく心を動かされる公演でした。ハワイ大会の映像が流されていましたが、やはりハワイにはいつか出てみたいですね!最高です。 ←谷新吾選手
明日はパソコン検定3級の試験を受けてきます。試験は学生時代以来なので、大丈夫でしょうか!? |
| ◆ 2004年 12月17日 「海外のクラブの話」 |
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少し間が開いてしまいましたが、12月5日の話の続きです。 学生時代から、実業団選手時代にかけて、海外遠征の経験を20回以上させてもらうことができました。もちろんレースに出場するのが目的なので、観光はほとんどできませんでしたが、やはり異国の地で見たもの、聞いたこと、食べたものなど実際に自分の身で経験したことは、非常に大きな財産となっています。訪れた国は、アメリカ、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、中国、フィリピン、インド、マレーシア、ドイツ、バミューダ諸島の12カ国、どの国もそれぞれ個性があり、良いところもあれば、ちょっと自分には合わないな〜というところもありました。でもやはり一番記憶に残っているのは食べ物ですね(笑) 海外での合宿の経験としては、オーストラリアのゴールドコーストと、アメリカコロラド州のボールダーでそれぞれ、2〜3週間ほど現地のトライアスロンクラブでトレーニングをしたことがあります。どちらも、トレーニング環境は抜群で、多くのトライアスリートが国籍を問わず集まってきていました。そして、トップ選手と同じ場で、多くのエイジグルーパーが一緒にトレーニングを行っていました。早朝5:00、まだ夜が明ける前から、プールにはぞくぞくと多くの人が集まってくる光景には驚かされました。日本のように夜遅くまで残業するという人が少ないということもありますが、普段の生活の中に当たり前のようにトレーニングが組み込まれており、トップ選手からスポーツを楽しみたい人たちまでが同じトレーニングの場を共有している姿は、感動的でした。そして、1回のセッションは4〜500円で誰でも受けることができ、プロのコーチから指導を受けることができる。まさにスポーツが文化として根付いているのです。 近年、日本においても地域密着型のクラブチームが各地に誕生してきています。しかし、まだまだその数は少ないといえます。もっともっと誰でも気軽に参加できクラブが一つの町に必ず一つはあってよいと思います。人が集まれば、そこにはコミュニティができます。ひとりでトレーニングすることほど寂しいものはありません。そして専門的な指導を受けたい人はプロのコーチに指導を受けることができる、そんな環境がもっともっと増えることで、底辺の拡張と、競技力の向上を両立させることができるのではないかと思います。そしてクラブ同士のネットワークを広げていくことで、もっと大きな範囲での社会変革が起こせるのではないかとも思います。
もちろん日本人の良さである勤勉さを忘れてはいけませんが、仕事と余暇時間とのバランスを見直す時期にきていることは確かだと思います。身体を動かすことは、日常の生活にメリハリと生きがいを与えてくれます。また、運動は国籍、世代を超えたコミュニケーションの手段でもあります。今後、社会にとってスポーツの重要性は増してくるでしょう。一部のメジャースポーツだけが、スポットライトを浴びるのではなく、多様性の中から、時と場合によりスポーツを選択する形が一般的になると思います。 |
| ◆ 2004年 12月16日 「スポーツの話題」 |
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UFJ銀行の女子陸上部の廃部が決まったそうです。東海地方では、強豪チームとして、全日本実業団駅伝でも活躍し、昨年より高橋昌彦新監督が指揮を執られていました。やはり経営面での悪化が大きく影響しているのでしょう。仕方がないといえば、仕方がない話ですが、選手としてはやりきれないですね。新たな活躍の場が見つかることを願います。
一方こちらは、JFLのザスパ草津がJ1王者の横浜Fマリノスを破ったというニュース。草津の選手の平均月収は13万円らしい。まさに反骨精神。サッカーはこういった番狂わせが起こるので面白いですね。 |
| ◆ 2004年 12月14日 「風邪気味・・・」 |
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急に生活のリズムが変わったためか、ちょっと風邪気味になってしまいました。ふ・・・不覚! しっかり休養とって、早く治します・・・。
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| ◆ 2004年 12月12日 「BSバイクセミナー」 |
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今日は、BSアンカーの鈴木光弘さん(自転車ロード・ソウルオリンピック代表)を講師に迎えてのバイクセミナーが三好スイミングアカデミーにて開催され、スタッフとして参加してきました。自分自身バイクについての基本の大切さを、改めて感じる非常に内容の濃いセミナーでした。参加された皆さんからも、熱心な質問が飛び交い5時間近い時間でしたが、あっという間に過ぎていきました。 前日は、アスリートに人気のブラジル料理のお店「カポエラ」にて、鈴木さんを囲んで、いろいろお話を聞くことができました。
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| ◆ 2004年 12月10日 「サンデートライアスロンセミナーのご案内」 |
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三好SAトライアスロン倶楽部主催 サンデートライアスロンセミナーのご案内 12月19日(日)に、愛知県西加茂郡三好町の三好スイミングアカデミー(三好池すぐそば)におきまして、初〜中級者を対象とした、トライアスロンセミナーが開催されます。講師は私、竹内鉄平。内容は、スイム&ランのフォーム改善を目的とした動き作り、ドリル等を中心に普段一人ではなかなかできないトレーニングメニューをご提供します。このオフーシーズンに、密かにステップアップをしたいとお考えの方は、こっそりと参加して、ライバルに差をつけましょう! 詳細はこちら → http://miyoshi-tc.asutama.com/MSA-TCSS.html
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| ◆ 2004年 12月7日 「山」 |
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大学時代の同級生が山で亡くなりました。つい最近久しぶりに電話で話す機会があり、今度会おうということを言っていたのですが・・・。大学時代から山岳部で、もう10年以上のキャリアがあるベテランでしたが、やはり自然の前では人は無力です。山に登るということは、富や名誉のためではなく、ただただ純粋に山に登りたいから登るのでしょう。本当に残念でなりません。
藤井毅さんのご冥福をお祈りします。 |
| ◆ 2004年 12月6日 「28回目の誕生日」 |
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28回目の誕生日を迎えました。これからの人生、山あり谷あり険しいものになると思いますが、周りの方への感謝の気持ちを忘れずに、自分自身で道を切り開いていきます。
下の写真は今はなき、旧アラコ株式会社で同じ職場だった皆さんです。本当に暖かい方たちばかりでした。それぞれの道でがんばりましょう! |
| ◆ 2004年 12月5日 「日本の社会とスポーツ」 |
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実業団トライアスリートとしての5年間の経験から得たもの、まだ自分の中で消化し切れていない部分のほうが多いので、うまく言えませんが、自分なりにここ1〜2年に考えたことを書いてみたいと思います。ちょっと大げさな話になりますが、日本の社会とスポーツの関わりについて。 日本のスポーツは学校教育の一環として始まります。中には、スイミングスクールやサッカー教室など、地域のスポーツクラブに所属する機会に恵まれる子供たちもいますが、中学・高校の課外活動が大部分の生徒にとっては、初めて本格的にスポーツに接する機会となります。そこでの経験が社会一般の人たちのスポーツに対する取り組み方、接し方のベースになるのです。 一般的に、中学・高校の課外活動では、そのスポーツを経験したことのある顧問の先生が指導される場合は少数で、大抵は未経験の場合が多いです。専門的な指導を受けるためには、一部の私立や有名校に進む必要があります。すべてがそうだとは言いませんが、そのような学校の中には、行き過ぎた勝利至上主義で、若くして燃え尽きてしまうということもあるようです。また、成長期には、いろいろなスポーツを経験することが大切ですが、複数のクラブに所属する子供は稀で、一つのクラブに縛られることになります。なぜ、一つに限る必要があるのか?そして、受験が近づくと、それまで打ち込んできたクラブ活動は断絶させれられるように終わります。 自分は中学時代水泳部に所属していましたが、3年生の時、受験を前に引退した選手をクラブを越えて集め、いろいろな障害を乗り越え、市内の駅伝大会に参加した思い出があり、そのときの経験が今も生きています。 そして、高校・大学卒業後、スポーツを続けたいと思っても、実業団に入るような一部のトップ選手を除き、そのようなスポーツ愛好者を受け入れる場所というのはまだまだ多くはありません。多くの人は、就職することによって、自然とスポーツから離れていきます。すべてがそうだとは言いませんが、スポーツをするのは、学生時代まで、というような世間一般の風潮があるのは事実だと思います。 日本独自のシステムとして発達し、現在までスポーツ界のトップを支えてきた実業団も、企業の宣伝・広告がその第一義であるため、企業に余力のある時期は良いのですが、経営が不振になるとまっさきに経費削減の対象として成績に関わらず、休部・廃部・優遇措置の撤廃となります。他クラブのそういった情勢を見ていれば、明日は我が身かと、常に不安を持ち続けプレーしなければいけない選手たち。スポーツを文化として地域に根付かせるには、あまりに脆弱なものです。 「スポーツとはもっと自由で、身近なものなのでは?」 自分がそう感じるようになったのは、海外での合宿の経験からです。
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| ◆ 2004年 12月3日 「実業団トライアスリートとして」 |
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非常にたくさんの方から、叱咤激励のメールを頂いております。本当にありがとうございます。感激・感動・感謝です。会社への出勤がなくなり、3日目ですが、非常に毎日忙しく充実した日々を送っています。今後の取り組みについては、追々お伝えしていきたいと思っております。 さて、前回の話(12月1日)の続きになります。 実業団でのトライアスリートとしての5年と2ヶ月間の経験は、自分にとって非常に大きな財産となりました。海外への遠征(10カ国以上)や、国内選抜合宿など普通のサラリーマンでは経験できない貴重な経験をさせて頂き、世界選手権という世界最高峰の舞台にも4度立つことができました(ただ、そこで本当の勝負に加わるまでには至りませんでしたが・・・)。 当初は、スタッフも限られており、コーチ・トレーナー等もおらず、選手同士で試行錯誤を繰り返しながらも、1年1年を積み重ねてきました。時にはお互いに衝突することもありましたが、様々な問題に直面しながらも、それを乗り越えることで、少しは自分自身成長することができたのではないかと思います。今となっては良い思いでです。 また、次第に応援してくださる方も増えてきて、日本各地で見知らぬ方からも、お声をかけて頂くようになりました。中には合宿、遠征等で非常にお世話になった方もみえます。そのような方たちの応援・サポートがあったからこそ、この競技を今まで続けてくることができました。 そのような経過の中で、次第にアマチュアとしての意識が強かった自分の中にトライアスロンへのプロとしての意識・考え方が芽生えてきました。将来的にもトライアスロンに関わる仕事を続けていきたい。自分にはそれが天職なのではないか?と思うようになりました。 しかし会社としては、2000年のシドニー、2004年のアテネという目標に取り組んできており、今年のアテネオリンピックへの可能性が閉ざされた時点で、戦力外ということは前々から決まっていました。自分自身すべてをやりきった!という気持ちになれれば、そこで競技活動に終止符を打てたのかも知れませんが、年を重ねれば、重ねるほどトライアスロンの魅力・奥の深さを知ってしまった自分にはそこであきらめるわけにはいけませんでした。 トライアスロンというスポーツは、多くの指導者の方が言われるように、人間の本質的な部分が問われるスポーツだと思います。ただ才能があるから、速いからでは、トップに立つことはできません。もちろん才能があるにこしたことはありませんが、心のベース、人間性が備わって初めて勝つことができるスポーツです(どの競技でも基本的には同じだと思いますが)。結果が出せなかった自分には、そこらへんが不足していたのではないか思います。 続きます。 |
| ◆ 2004年 12月1日 「僕が会社を辞めるまで」 |
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会社を辞めるのを決意するまでの経緯(自分の心の変遷)を少し書いておきたいと思います。 学生時代から僕には将来何になりたいという具体的な夢はありませんでした。ただ水泳とトライアスロンがただただ純粋に好きで、それに打ち込むことで自分のアイデンティティを保っていたようなものです。大学4年になって、そろそろ卒業後のことを考えなくては・・・という時期に、愛知県トライアスロン協会の関係者の方とのつながりで、たまたま(運良く)、地元大手企業の実業団トライアスロンチームの第1期生として入ることが決まりました。今考えてみると、まったく就職活動もせず、実にタイミングが良く好きなトライアスロンができる環境を手にしてしまい、本当に恵まれていたな〜と思います。こうして、半社会人(半アスリート)としての生活が始まったのでした。 実業団というのは、みなさん御承知の通り、世界でも類をみない、まさに日本的なシステムです。扱いとしては、一般の社員と同じなのですが、職場にいる時間は約半日程度で、その他の時間はトレーニングをしているのですが、その時間は勤務扱いとなります。もちろんその間中ずっとトレーニングをしているわけではありません。ハードなトレーニングをすればするほど、休養や治療などの必要性も高くなっていきます。しかし、その時間も勤務していることになっているので、外をふらふらほっつき歩いているわけにもいきません。常に緊張感のある生活です。 立場としては、プロなのか?アマチュアなのか?非常に曖昧です。社員という立場から言えば、あくまで、企業に所属しているわけで、その業務の一環としてトライアスロンをしているということになります。という意味ではアマチュアになるのかもしれませんが、世間一般の方からみれば、優遇措置を受けているので、明らかにプロでしょう。また、選手としてはプロ意識をもっていなければ、一日トレーニング時間があるモノホンのプロ選手と対等に戦えるはずはありませんよね。 また、企業人であるからには、その存在価値は、企業の広告塔として世間にPRすることにあります。自分自身が満足のいくレースができればいいや、というわけにはいきません。通常の業務でも毎年毎年、ノルマがきつくなっていくように、毎年毎年求められる結果はより高いものになっていきます。 しかし、基本的には一般の社員と同じように生活は保障されています。ある意味ぬるま湯につかっているようなもので、アスリートにとってもっとも大切なハングリー精神を持ち続けるには、それなりの動機付けが必要です。毎年毎年要求されるものが高くなっていくのに対し、長くいればいるほど、モチベーションが低下していく。そこが実業団の難しいところではないでしょうか? 長くなりそうなので、続きはまた後日・・・。
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